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まちづくりコンサルタントって、どんな仕事ですか?ー一級建築士事務所 こと・デザイン 角野史和

一級建築士、まちづくりコンサルタント、プロ散歩活動家、アートイベント「下町芸術祭」の企画メンバー。多様な肩書きを持つ角野史和さんが長田区に構える事務所を訪ね、これまで携わってきた神戸のまちづくりについて伺いました。空き地に農園を作り、ゴミ屋敷を片づけて見えてきた地域との向き合い方とは?

マイナスをプラスに転換する

 ー「こと・デザイン」の仕事内容を教えてください。

都市計画・地域計画・まちづくり計画・都市政策について、住民に寄り添いながら地域課題を解決していく仕事です。クライアントは国や県、市など行政が多いですが、自治会が依頼してくれることもあります。まちづくり業務がメインで、建築の仕事も全体の1割ほどあったり、地域に根ざした社会福祉法人の記念誌の編集・デザイン、身体を動かして物を作るワークショップの企画、会議を円滑に進めるためのファシリテーションの研修、長田区で現代アート作品の展示やパフォーマンスを行う「下町芸術祭」というイベントを行ったり……、まとめて伝えるのが難しい仕事ですね(笑)。

ー長田区で空き家・空き地の問題にも取り組まれていると聞きました。

昨春、駒ヶ林町で始まった「多文化共生ガーデン」プロジェクトはその例ですね。阪神・淡路大震災で空地になった場所を、近隣住民と定住外国人が交流する場として再生する取り組みです。定住外国人の方々が中心になって、畑でパクチーや空芯菜などを栽培しています。

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長田区駒ヶ林町にある多文化共生ガーデンの活用前(上)と活用後(下)


ーどのような経緯で始まったプロジェクトでしょうか。

長田区に「FMわぃわぃ」というコミュニティラジオ局があって、そこの総合プロデューサーの金 千秋さんという方からお話を聞いたことがひとつのキッカケです。金さんの知人のベトナムの若い方が町の花壇で野菜を勝手に育てていたらまわりの人から注意されたことがあったそうで、文化の違いから起こる軋轢に互いに向き合えるパクチー畑を作りたいというお話でした。僕は僕で、手入れが大変で困っている空き地の所有者に地域のふれあい喫茶で出会って、両者をマッチングすることに成功しました。

ープロジェクトが始まってから1年が経って、地域にはどのような変化がありましたか?

場所として大きな変化のひとつは、町にとってマイナスなイメージがプラスに転換されたことですね。新長田の南部は密集市街地と呼ばれるエリアで、接道(敷地に接している道路)の条件を満たせず、再建築できない空き地が点在しています。この場所も草が茂っていましたが、よく手入れされる場所になりました。もうひとつの変化は、近隣住民と定住外国人の軋轢が和らいだこと。長田区はベトナム国籍の人が多いのですが、交流がないとお互い得体の知れない存在になってしまいます。ベトナムの人が屋外で活発に活動してできた作物を近所の人におすそ分けしたら、自然と名前も覚えてもらえるじゃないですか。名前と顔が分かれば、楽しい隣人なんですよね。お互いを知って分かり合える環境があるのは、まちづくりにおいて大切なことです。

ープロジェクトを進めるなかで、利用した行政の制度はありますか?

最大100万円の補助金が出る、神戸市の「空き家・空き地地域利用応援制度」に申し込みました。それと、国が募集していた空き地活用の先進モデルに採択されて、僕の身銭はどうにか確保できました。まちづくりコンサルタントの役割は行政と地域の間に立って調整することで、そういった市の制度や対応をいかに地域に落とし込んでいくか、という部分はとても重要です。空き家・空き地に対するミッションは神戸市の中でも課によってさまざまで、たとえば老朽危険家屋については安全対策課、使える空き家の市場流通については空家空地活用課(令和3年度より建築住宅局政策課に統合)、相談窓口として機能しているのはすまいるネット、といった形で分かれています。役所は縦割りで役割を分けていますが、地域にとってはひとつの総合的な課題なんです。行政に対しては補助金の申請書式や空き家バンクの仕組みを改善するためのアドバイスを行うとか、現場でサポートしながら感じたことを共有して社会に還元していくのも大事な仕事です。

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マップ好きが高じて、2018年にマップライブラリーを事務所に開設。個性が表れた手描きの地図がお気に入り。

“自分の町”と思えるか

ー今は町でどのような課題に取り組んでいますか?

最近だと、駒ヶ林にある“ゴミ屋敷”ですかね。近所の人が困っていて、住人のおっちゃんと話す立場で関わっています。下町芸術祭のなかの「下町芸術大学」という講座プログラムがあって、知ったつもりでいた町の不可視領域に出会い直し、アートや町への解像度を上げるというものなのですが、その中でゴミ屋敷に関する講座を過去に企画しました。物と決別するプロセスが大切だと専門家から学んだことが、今回の現場に活かされています。専門用語で「溜め込み症候群」という精神疾患があって、ほかの人がゴミと思う物も持ち主にとっては違うケースがあるんです。建物を解体するとか、ゴミをすべて処分するというアプローチではなくて、おっちゃんに「大切な物はどこにあるんですか?」って聞きました。そしたらどの空間にあるか教えてくれたから、そのまわりの物を片づけていくことを提案して、おっちゃんも納得してくれました。

ー声をかけに行く立場でもありますけど、まずは話を聞くんですね。

まちづくりの場合は、話を聞くところからスタートします。聞く力とか対人関係のスキルって、まちづくりコンサルタントにとって不可欠だと思いますね。調整する力、社会課題を認識する力、解決に向けてプロセスデザインする力も求められます。

ー地域課題を解決するうえで、心がけていることはありますか?

行政や専門家の都合だけでなく、町の人たちが持っている個人的な課題も総合的に扱うこと、ですね。建築学科で学んでいた高校時代に、地域計画も立てる「象設計集団」という建築家集団の存在を知って影響を受けました。地域のアイデンティティを見出して継承することも大切だと分かったことがキッカケで、まちづくりに関わろうと思ったんです。そして実際に現場に入ったらゴミや野良ネコなどあらゆる個人的な問題が町にあふれていました。生活者としては、身近な課題のほうがより大事だということも分かりました。空き地の利活用だとか、地域の治安向上だとか、行政が辿りつきたいゴールに近づくためには目の前のあらゆる課題と向き合っていかなければならないと今は考えています。

ーお仕事のやりがいはどこにありますか?

町を歩いていたら「角野さん!」と声をかけられるのは、仕事の副次的な効果としてうれしいですね。なぜうれしいかを掘り下げていくと、町への帰属感が満たされているからなのかなって。僕みたいに住民一人ひとりが町にコミットして帰属意識を高めていくことで、まちづくりが推進されていくんちゃうかなって思います。たとえば、多文化共生ガーデンでは空き地の課題解決だけじゃなくて、作物を住民が育てることで交流が生まれている。場所を利用するベトナムの人にとっては、“自分の町”やなって認識できる空間になりました。前に企画した下町芸術大学もその一環で、知ることで自分の町と思えるようになる。長いスパンで考えれば、そういうのって「自治」にも結びついてくるものだから大事にしたいです。

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下町芸術大学の開催風景

人が見ないところに目を向ける

ー下町芸術祭はアート、多文化共生ガーデンは農作。角野さんが場所に入れ込むエッセンスはさまざまですね。

そうやって町や人を総合的に捉えられるのは、普段から好きでよく観察しているからでしょうか。たぶん、人が気づかないところに気づきたい欲が強いんです。それが高じて、コロナ禍をキッカケに、YouTubeで「わくわく生さんぽ」という屋外ライブ配信の番組を始めました。何の変哲もない町をゲーム実況のようにしゃべりながら歩いて面白いものを発見するという内容です。まちづくりコンサルタントの初田直哉さんと、産業遺産コーディネーターの前畑洋平さんと一緒にやっています。

tobeKOBE(たーび こーべ)YouTube「わくわく生さんぽ/男3人 荒田町編①」

ー「プロ散歩活動家」という肩書きを持っていますよね。今までにどんな発見がありましたか?

以前「シタマチコウベ」というWebサイトの記事のために長田区の町歩きをした時、あるお店のシャッターに「ここでごはんを食べている人、ちゃんと片づけしていってください!」と書かれた紙が貼られているのを見つけました。「ここで食べるな」じゃなくて、片づけしたらええんやっていう(笑)。寛容さのある、すばらしい町ですよね。特に新長田はそういった物やメッセージが外に表れていて、町として健全だと僕は思います。

ー今後、取り組んでいきたいことがあれば教えてください。

ビジネスとして、貸し農園事業を始めてみようと考えています。コミュニティ菜園のような皆の絆が生まれる仕掛けもすごくいいとは思うけど、つながりが濃いコミュニティに立ち入れない人たちのことも気になります。だから、コミュニケーションを押しつけないようなコミュニティ濃度の薄い場を作りたいです。

ー濃いコミュニケーションを求めない人の存在は、どこで感じましたか?

まちづくりの仕事を通じて、子育てを応援する集い場があっても、そういった「集い」を目的にした場所には逆に行きづらいと思っているお母さんの存在を知りました。農園も「集い」を目的とせず自分の作物を作る目的で来てもらって、「いいナスができましたね」とか隣人との会話がたまにあるといいかなって。そういう小さなコミュニケーションが将来必要になってくる気がします。今は社会全体がひとつの方向に向き過ぎているように感じるから、見えていないところにもたくさん気づくべきことがあると意識しておきたいですね。

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ー最後に、神戸の好きな場所を教えてください。

須磨海岸が好きです。コロナで大変だった昨年の3月末くらいに行ったら、たくさんの人が思いおもいに過ごしていて。誰にでも平等に開かれた場所があるのは素晴らしいことです。自由な場所のまま、残ってほしいです。


Kobe Creators Noteでは神戸市内で活躍するクリエイターの情報などを発信しています。