「建築」と「屋上菜園」、両者に通ずるものは? ー建築家・COL.architects 髙橋 渓
南京町の雑居ビルに事務所を構える、建築家の髙橋渓さん。個人宅の設計をはじめ、神戸ポートタワー展望3階の「SAKE TARU LOUNGE」や、2021年1月に神戸市新港突堤西地区に移転したばかりのフェリシモの新社屋「Stage Felissimo」といった、神戸を象徴する空間作りに携わっています。一方で、自身の事務所の屋上での野菜づくりや、街なかの屋上で作物を育てる活動「Sky Cultivation」にも精力的。一見異なるアプローチにも思われますが、その共通項を探ります。
神戸の木材や酒樽を再利用した「SAKE TARU LOUNGE」
ーまずは髙橋さんの経歴から教えてください。
髙橋:僕はもともと設計事務所の会社員でした。10年ほど働いた後に、2018年に独立したんです。建築家って、どうしても仕事をもらう側の立場。受注するだけでなく、仕事を作れるようになりたいと思って独立しました。地元が宝塚なので、事務所は大阪か宝塚かな…と考えていたのですが、神戸の北野にシェアオフィス「KITANOMAD」がオープンするというお話をいただいて、そこに事務所を構えることにしました。
ーそこから、現在の南京町の事務所に移られたんですね。
髙橋:はい。別に南京町じゃなくてもよかったけど、アクセスを考えると田舎より街の中がいいなと。今、屋上で野菜を育てているんですが、それ以外にもすぐに木を切ったりとか、作業スペースとしても屋上が使える場所を探していました。
ー実際に神戸で携わったプロジェクトをいくつか教えていただけますか。
髙橋:代表的なのは、ポートタワーにある「SAKE TARU LOUNGE」ですね。世界初の〝廻る清酒ラウンジ〟です。地域活性化事業をされているARIGATO-CHANの代表・坂野雅さんの、「ポートタワーを神戸カルチャーの発信場所にしたい」という熱い思いから実現した場所です。
ー巨大な酒樽みたいな空間デザインはインパクトがありますね!
髙橋:日本酒は神戸を代表する文化ですし、この大きな酒樽から日本酒が注がれるイメージでデザインしました。材料に関しても、ところん神戸にこだわっています。樽の木材は、実際に菊正宗さんで使われていた吉野杉の酒樽を再活用しています。酒樽って、お酒造りの役割を終えると産業廃棄物として捨てられてしまうんですよ。それがあまりにもったいなくて。実は北野の「KITANOMAD」にある「FARMSTAND」のカウンターも、シェアオフィスに入居する前に酒樽で作りました。
ー他にもこだわりの点はありますか?
髙橋:カウンターにも、六甲の間伐材のスギやヒノキや、神戸市の環境整備で伐採された街路樹など神戸の木材が使われています。街のシンボルに携われたことは、僕にとってはめちゃめちゃ転機でしたね。やっぱり、みんなが知っている場所ですから。
フェリシモとの大仕事も
ーフェリシモの新社屋「Stage Felissimo」にも携わられているそうですね。
髙橋:はい。設計事務所はまた別なんですが、僕はフェリシモと設計事務所との間のコミュニケーションをとる役割を担いました。デザインコンセプトは、長年アップルストアのデザインをしてきたティム・コービーさんと、ローカルアーキテクトに石本建築事務所さん。この2チームとのやり取りをしながら、日本の建築基準に適合させながらの設計でした。世界的チームですが、空間イメージや図面でコミュニケーションが取れるので特に不具合はなかったですね。
ーそれだけでも大仕事ですね。デザインとしてはどのような?
髙橋:デザイン的には、海と山に面してる2面をガラスのファサードになっています。遠くから見ると海や空が抜けて、ゲートのように見えるんです。日本でも有数の、海に近いオフィスかもしれないですね。いかにもなオフィス空間にしたくないということで、一緒に考えながらオフィスの家具もすべてオリジナルで作りました。社内にワインの醸造所があったり、屋上の木陰で打ち合わせができたり、茶室があったり…と、いろんな仕掛けがある社屋になっています。
ーフェリシモとの関わりは他にもあるのでしょうか?
髙橋:今秋開館予定の「felissimo chocolate museum」については設計を担当させていただいています。ミュージアムのコンセプト作りから展示物の内容、展示方法までをキュレーターの池田香さんと一緒に考えさせてもらっていて、絶賛進行中の案件です。
もう一つの活動拠点は、街の屋上!
ー事務所の屋上では、野菜を育てているんですよね。
髙橋:建築家がなぜ? と思われるかもしれませんが、消費者と生産者という従来的な関係性を変えたいなと思ったんです。生業にするならもっと別のやり方を考えないといけないでしょうけど、自分で食べられる量ぐらいなら自分で作れるかなと。
淡河で農家をする知り合いからゆずってもらったと言う土。
ーこの屋上でどんな野菜が採れるんですか?
髙橋:春にはラディッシュができて、トマトやピーマン、ナス、カボチャなどいっぱいできました。あ、落花生も。別名は南京豆なので、南京町だし名物にできたらなとも(笑)。トンボやチョウチョなど虫もたくさんやって来ました。明日食べようと思っていた野菜が鳥に食われた時は、めっちゃ悔しかったですけど。
事務所屋上で採れた、色鮮やかなラディッシュ。
ー南京町の屋上でここまでの菜園ができるんですね。 建築家的な観点から語れることも何かあるでしょうか。
髙橋:使用するプランターも自分で図面を描いて、自分たちで作っています。屋上って重量制限があるんですね。平米あたり何キロという形で。なので、プランターを1平米の大きさにして、だいたいの重さがわかるように工夫しています。あとは、土の量がポイントで、深さは20㎝ですが、1m×1mのプランターだとしっかりと根が横に張るみたいです。
ーそもそも、なぜ屋上に?
髙橋:屋上という概念ができたのって実は最近なんですよ。近代建築の巨匠、ル・コルビュジェが掲げた近代建築の五原則の一つに、「屋上庭園」があります。コンクリートによってできたフラットな屋根の熱を下げるために、土を敷いてグリーンを植えると室内環境への熱負荷が減るというロジカルなものです。でも、庭園ではなく〝屋上菜園〟の方が僕は今の時代には受け入れられるんじゃないかなと。コルビュジェをヒントに、自分の屋上で実践してみた感じです。建物の敷地とほぼ同じ面積がある屋上をもっと活用していけば、都市の姿が変わっていくんじゃないかなという思いがあります。
ーご自身の事務所の屋上だけでなく、「Sky Cultivation」と名付けてさらに屋上菜園を広める活動もされています。
髙橋:「自分が食べるものを自分で作ろう」というのがコンセプトなんですが、事務所の屋上から思いがけず広がっていった形です。県庁前の近くにある清山荘という建物の屋上では15個のプランターを製作し、神戸の屋上環境に適した土壌や生産方法を色んな人たちと模索しています。ここでは、作業しやすいようにプランターの高さをそれぞれ変えて、棚田のようなデザインにしました。
ーブドウの栽培も始められたとか。
髙橋:はい。三宮にある「エノテカ・ベルベルバール」のオーナー・宮本健司さんと一緒に、お店の屋上にブドウの棚を作ったんです。街なかでも日常的にブドウに触れられたらいいよね、と。その延長で、先ほどの清山荘やフェリシモの屋上でもブドウを育てることになりました。
ーなるほど。他にも建築家としての視点で農まわりのことに携わったものはありますか?
髙橋:そういう意味では、KIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)の庭づくりかな。KIITOの中庭で野菜を作れませんか? と相談があったのですが、すごく日当たりが悪くて。それならシイタケの原木栽培にチャレンジしようと思い、人を集めてワークショップを行いました。あわせて、中庭にコンポストも作りました。落ちた草木を集めて入れて、KIITOのカフェで出た野菜くずとかも入れてもらって。それをかき混ぜれば3か月で堆肥としてでき上がるので、みんなが自由に持ち帰れるようにするのはどうかなと。〝神戸は世界で一番土が作られている街〟とかになったら、面白いでしょ。さっきのコルビュジェの話じゃないですけど、いわゆる景観としての庭ではなくて、食べれる庭を作ってみようという発想ですね。
シイタケの原木栽培は事務所の屋上でもトライ中。
耕すように、空間、モノ、コトを作っていきたい
ー今後も、あくまで設計にとらわれずに活動していきたいお考えでしょうか。
髙橋:はい、そこはこだわっていなくて。とはいえ、どうしても建築の空間を作ることを求められることもあるので、そこは僕が専門性を出せばいいなと思っています。あらゆる専門分野の人たちと一緒になって何か新しい状況を作ることが、今一番大事というか、楽しんでることです。
ーたとえばどんなものを作っていこうと?
髙橋:僕の役割としては、場を作ることですね。たとえば清山荘では屋上でフードロスをテーマにした映画の上映会をしましたし、ベルベルバールでは夏にみんなでワインを飲めるように計画中です。こういった人が集まる場を空間として作ることが役割として求められていると思いますし、今後も神戸で作っていきたいですね。
ー屋上での耕作も続けていきますか?
髙橋:はい。先日も、北野のワインショップの店先でブドウの枝をパチパチ切って挿木づくりの作業をしていたんですが、街なかで生まれるこういったギャップのある状況も面白いなと感じています。実は、事務所の名前(COL)も、cultivate(=耕す)の語源である「colere」から取ったんですね。自分のテーマは「耕すようにつくる」。屋上では本当に耕しちゃってますが(笑)、文化ってたぶん耕すように生まれてきたし、これからの新しい文化もいろんなものを耕すことから発信できるのかなって。「神戸の街これからどうする?」と話したりすることも、耕しているなって感じがして楽しいんですよ。
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