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クライアントワークと自己表現、両立する秘訣は?―映像ディレクター おでん

神戸で生まれ、長田区を拠点に活動するおでんさん。学生時代から異色の経歴で映像ディレクターとして独立して、今では、企業や行政のクライアントワークから、神戸のヒップホップ仲間とは作家性あふれるミュージックビデオ(MV)まで手がけています。
おでんさんと言葉を交わすほどに見えてきたのは、「映画を撮るしかない」という結論。果たしてそのココロとは!?

映像に惹かれた学生時代 

ー現在の仕事内容を教えてください。 

基本的にはクライアントワークで映像を制作しています。まわりに音楽関係者が多くて、MVは自分の表現をするライフワークとして取り組んでいます。肩書きは特に定まっていなくて、昔はひとりで活動していたから「ビデオグラファー」と名乗っていましたが、最近は一緒に仕事をする人もいるので「映像ディレクター」とも言えるかもしれません。

ー「おでん」という名前はいつ付いたんですか?

中学1年生の時です。リリー・フランキーさんの絵本『おでんくん』の主人公に顔と体型が似てたから、当時所属していた陸上部のキャプテンに「お前、おでんな」ってアダ名を付けられました。そのまま大学までずっと「おでん」です。一度聞いたら忘れられないから、仕事するにも便利な名前やと思って今も使っています。

ー確かに、シンプルで強い名前ですね。映像を撮り始めたのは、学生の頃からですか?

始まりはたしか、大学生の時ですね。神戸芸術工科大学で工業デザインを学んで家具などを作っていましたが、同じことを続けるのが苦手だからか飽きてしまいまして……。プロダクトデザイン学科の准教授の曽和具之さんから映像の面白さを教えてもらって、撮り始めました。YouTubeで映像制作に関する海外のチュートリアル動画を参考にしてましたね。独学にも限界があったので東京の映画祭に参加して、その時に上映された短編映像の予告編のなかで一番かっこよかった人に名刺をもらって、教えを請うことに。それが、ドキュメンタリー映像作家の長岡マイルさんという人です。 

ー長岡さんのアシスタント仕事はいかがでしたか?

長岡さんは、徳島県の神山町というところに住んでいました。大学に通いつつ、神戸で映像の仕事もしつつ、徳島にも行って現場仕事を手伝いつつ、ですね。2、3年はその生活を続けて、ナショナルジオグラフィック(アメリカのドキュメンタリー番組を放送するチャンネル)の案件や、土地の神様にまつわるドキュメンタリーフィルムの制作などに関わりました。映像の技術というよりも、精神論や生き方、映像だけで生計を立てる人のワークフローについて学びました。

ー修行後は会社に属さず、独立することを選びましたね。 

こういう仕事を選ぶからには、自分でやるべきだろうと考えていました。今考えたらアホやなと思うんですけど、がんばったら絶対何か出来るようになる、という根拠のない自信があってリクルートスーツも買わなかったですね。買ったら就職してしまうと思って(笑)。卒業後も営業という営業はせず、学生時代のご縁を大切にしていました。独立当初は「1万円だけもらえれば、映像を作ります」というやり方で、百本ノックみたいに映像を作っていた時期もあります。ありがたいことに仕事を依頼してくれる大学の先輩や企業の方々がいて、地元の神戸で馬が合う人たちとゆっくり仕事することにしました。

神戸に住んで、神戸を撮る 

 ー長田区での暮らしはいかがでしょう。

下町に住んだのは初めてですが、すごくいいですね。以前は垂水区や西区など神戸市内を転々として、実家や賃貸マンションで暮らしていました。長田区で空き家再生事業を行っている株式会社Happyの首藤義敬さんの紹介で、今の物件に住むことに。子どもの頃に隣の家の人と挨拶するのが楽しかった記憶があって、今は久しぶりにそれが出来ています。
家の近くを通りがかった知り合いと世間話をするのも、商店街のおばちゃんからオススメの食べ物を教えてもらって買うのも楽しい。ちなみに隣はおじいさんが住んでて、なぜか吸わなくなったタバコをカートンでくれたり、でっかい音を鳴らしても怒らない“爆音許可”をくれたり。近所の人たちが仲良くしてくれて、ありがたいです。 

ー神戸市では行政のお仕事もされていますね。

仕事をとおして「神戸市ってこんなことしてるんや!」「神戸ってこんな場所あるんや!」って発見がめちゃくちゃあります。たとえば「神戸2022世界パラ陸上競技選手権大会」のプロモーション映像は、南京町や陸上競技場で競技用車イスで走るシーンを堂々と撮影出来ました。クライアントの希望を汲み取りながらも、地元をカッコよく撮るにはどうしたらいいかを考えるのが楽しいです。

ー2019年に制作された、WEBサイト「シタマチコウベ」のプロモーション映像は長田区の街中で撮影していました。

「ダンサーのアランさんが普段暮らす下町で踊る姿を撮ろう」とディレクターに提案しました。シタマチコウベでは僕がやりたいことをやらせてもらえるので、失敗は出来ないというプレッシャーもありますが、経験がないことにチャレンジしています。アップテンポでカット割りが多いのは、僕の好みですかね。バタバタしているほうが好きです。

神戸市営地下鉄海岸線沿線のプロモーションサイト「シタマチコウベ」のために制作した映像。トーゴ出身で新長田を拠点に活動するダンサーのアラン・シナンジャさんを起用。

求めるのは“シネマ感”

 ここ数年は、ヒップホップのMVも多く手がけていますよね。どのような経緯でしょうか。

友人にanddy toy store(アンディー)というラッパーがいて、僕も含めた彼の仲間が春日野道にある「エポック」という古着屋にたまたま集まったのがキッカケです。7人ほどいましたが、写真・グラフィックデザイン・ヒップホップ・トラックメイカーなど、活動ジャンルはバラバラで全員同い年くらいでした。「チームを組んだら、制作時間もコストも減って活動スピードが上がるから一緒にやろう」と話し合って、2年ほど前に「HHbush(エイチエイチブッシュ)」というクリエイティブ・クルーを結成しました。それから、チームメンバーの映像制作をよく担当するようになったんです。 

anddy toy store「LIKE USS」のMV。HHbushのメンバーが初めて集まったエポックの2階で撮影した。


ー画面の縦横比がかなりワイドですね。

映画館で上映する時の画面比率で、横と縦の比率が「1:2.35」です。たまにテレビの縦横比を使うこともありますが、僕は映画の画角が観ていて心地いいから好きです。スマートフォンでも十分楽しめますが、大きい画面で観た時に迫力のある映像にしたいと考えて作っています。

ー観る人に映像の印象を残すために、どのような工夫をされていますか? 

MVに関しては2~5分ほどの長さが多いので、その尺に似た映画の予告編のような映像作りを少し意識しています。引いた画が多くなりすぎないようにクローズアップを挟んだり、早めに展開したり。映画っぽさで言うとブレない画を撮る技術も大切で「ジンバル」という回転台付きのグリップを導入したことは、ひとつのターニングポイントでした。どう動かせばどう撮れるのか、1年間ほど使用してようやく身体に染みつきました。

anddy toy store「roma」のMV。ジンバルを感覚的にコントロール出来るようになり、神戸の街中を移動しながら撮影。


ー機材の導入も撮影の幅を広げるうえで重要なんですね。お好みのレンズはありますか?

シャープで解像度が高いので、SIGMAのレンズを好んで使っています。作品によってはオールドレンズも使用します。たとえば「Helios」というロシア生まれのレンズは安くて、ボケるだけじゃなくて背景が円状にグルグル回る。アンディーの「circle green」という曲のMVを撮る際に、タイトルに「円」という意味が含まれるからこのレンズが合うと思って購入しました。

anddy toy store「circle green」。“グルグルボケ”が特徴のHeliosを使うことをアーティストに提案。

ー被写体の人物たちは自然体ですが、事前に細かいイメージ作りはあまりしませんでしたか?

HHbushの仲間を背景に映すということは決めていて、背景が一番きれいに回る場所を特定したくらいですね。考えこんで撮影すると、失敗することが多いんです。ヒップホップの面白いところは、カッコつけてスタジオで撮らなくても、アーティストたちが普段生活しているシーンや仲間と集う場所を切り取るだけで画になるところ。彼らと一緒に過ごして、楽曲に対するイメージを映像でいかに表現出来るか、常に探っています。 

ー新しい機材や技術に対する知識欲が強そうですね。

機材好きから映像の世界に入ったとも言えるくらいで、めちゃくちゃありますね。解像度の高い映像を観るとゾクゾクします(笑)。僕が使う一眼カメラは撮影した映像をRAW出力(カメラ内でデータをほとんど圧縮処理せず、高画質の状態で出力すること)出来るから、今のところはそれにチャレンジしてみようかな、と。ただ、一眼カメラの写真の延長にある感覚が強くて……。僕がほしいのは“シネマ感”だから、シネマカメラを導入することが目標です。

ー画面比率のお話もありましたが、おでんさんが“映画っぽさ”を追求するのはなぜでしょうか。

大きな理由としては「色」ですね。シャドウからハイライトまで色を階調分けすると、一般的なカメラの場合は10段階くらいで、映画の場合は16~18段階くらい。シネマカメラは表現できる階調が多くて、色がつぶれずに残る。映画のように、色をちゃんと表現出来たらいいなと思います。 

仕事と表現の両立 

 ー映像の仕事をするうえで、大切にしていることはありますか?

クライアントワークに関しては、自分自身にこだわりをあまり持たないことですかね。クライアントの趣向も価値観もそれぞれ異なるので、こだわると対応しづらくなる。向こうに言われたことを「それは違うやろ」と思ってしまうと仕事がしづらい。パッケージングされたプロダクト的な映像やクラシックなテイストが求められている案件で、自分の作家性を前面に押し出してもしょうがないですよね。その辺のこだわりは、MVなどの仕事で出すようにしています。

ーMVに映画っぽい表現を持ち込んでいるところに、作家性が表れているように感じます。

僕にとって映像はビジネスツールでもあるし、表現手段でもあります。仕事としては、撮影などの技術的な部分が大切になりますが、一緒に作る人たちと話し合うことも重要です。その過程で自分のやりたいことをいかにすべり込ませるか、いつも考えています。

ー映画は撮らないんですか?

自分でも思ったんですよ、なんで撮らないんだろうって。YouTubeで動画をアップする人が増えたり、僕みたいに映像制作の仕事をする人もいたりするけど、映像界のトップが映画、というのは揺るがない。映像のジャンルで次のステージに行くには、映画を作るしかない。だけど、映画ってひとりで作るのは難しいじゃないですか。照明や音声のプロが必要だから、仲間を見つけるのが今年の目標です。それを達成することで、自然と映画を作る条件がそろっていくはず。最近思うんですよ、僕のことを知っている人や仲間が全国にいたら楽しいだろうなって。映像って友だちを作る方法でもあるから、友だちを増やしたい人にはオススメです。

ーおでんさんの映画、楽しみにしています! 最後に、神戸でお気に入りの場所があれば教えてください。

「出雲食堂」という定食屋。家からも近くてよく利用しています。あそこに行く時は「健康になりに行く」って他の人に言ってるんですよ。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりした後に出雲食堂に行くと、身体の調子がよくなります。


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