イラストレーターにとってのSNS、法人化って!?
昨年、作品集『PRESENT』を発売したサタケシュンスケさん。“ポップでグラフィカル、レトロなテイストも併せ持つ”と形容される作品の魅力とともに、noteやtwitterといったオンラインでの旺盛な発信と交流もサタケさんの活動を特徴づけています。そんなサタケさんは今年、法人化にも踏み切りました。
誰かに教わることもなかなかできない仕事をとりまく環境の整えかた、サタケさんはどう考えて、実践されているのでしょうか。
SNS発信のおかげで
―いまでは積極的にSNSを活用しているように見えるサタケさんですが、古参のSNSヘビーユーザーというわけではないそうですね。
サタケ:2018年頃からnoteをやり始めたのがキッカケなので、そうですね。twitterもアカウントは持ってましたけど、長らく仕事を報告するだけの一方通行な使い方をしていたので、SNSを通じて人とつながることの面白みがわかってきたのはこの数年のことだと思います。
―仕事面でもSNSの活用はプラスになっていますか。
サタケ:大きいですね。イラストレーターというのは基本的に顔の出ない仕事で、描いた絵だけが実績として世に出ていくもの。そのことに不満はまったくないですけど、どんな人が描いているのかということまで知ってもらう機会が増えたことは、仕事を依頼いただく際にも最初から互いの距離が近くなって、とてもやりやすくなったと感じています。
―やっぱりSNSまでチェックされた上での依頼が多いんですね。
サタケ:そうです、それも思ってた以上に。デザイナーさんに話を聞いても、リスク管理もふくめて、事前にSNSなどの発信は見てますよと言われますし、僕の好きなものや得意な部分を知ってくださった上で依頼いただくので、スムーズに仕事が運ぶようになりました。似顔絵とか、どうしても描くのが得意ではないものもありますから。
―仕事相手にも見られるかもしれないと思えばこそ、ごく無難なSNSの発信になっている人も多そうですが、サタケさんはなかなかぶっちゃけな内容でも発信されている印象です。
サタケ:そのへんのバランスは難しいところですけど、僕は自分の制作に関することであればすべてオープンにしています。ノウハウやテクニック、作品ができあがっていく過程なども惜しみなく発信するようにしています。ただ、制作以外のプライベートな部分はあまり出さないように。
―テクニックやノウハウの公開はマネされそう…と心配にならないですか。
サタケ:それって料理でいうレシピにあたる部分で、たとえ共有しても同じ絵ができあがってくるわけではないのと、そこを出し惜んでも仕方ないと思っています。むしろ、そうした情報を共有することで、自分に返ってくるものが多くて、プラスになるという実感がありますね。
―嫌なことも特になく。
サタケ:個人的には何もありません。変に知らない人に絡まれたとしても、そこはブロック、で終わりますから。
イラストを担当した神戸市水道局のリーフレット
住んでる場所はアドバンテージ
―SNS発信を積極的に始めた2018年以降、作品への影響もありますか。
サタケ:描くものというよりも、表現方法に大きな違いが出てきました。それまではアクリル絵の具か、イラストレーターやフォトショップか、でしたけど、多くのクリエイターの方とのつながりができたので、他の表現方法も気軽に試せるようになりました。自分の絵を彫刻刀で木彫りにしてみたり、羊毛で立体をつくってみたり。練習でやってみてるってことをつぶやくと、詳しい方々がさらに教えてくれたりもして、表現の幅はぐっと広がりました。
その流れでお仕事にもつながっていて、「Vook」というオンラインで動画・映像制作を学べるサイトで、「Blender(ブレンダー)」という3Dアプリを学ぶアンバサダーに迎えてもらっています。僕が先生からBlenderアプリの使い方を教わって、その勉強の様子も含めて発信するという役割で。これは、SNSでやってたことがそのままお仕事になったような感じですね。
―思いがけない仕事の形もあるものですね。
サタケ:一時期、趣味でマラソンにハマって、自分のSNSをマラソンの話題で埋め尽くしていた時期があるのですが、なんと、マラソンの仕事をたくさんいただくようにもなりました。「イラストレーター、マラソン…あ、サタケがいるな」と思い浮かべてもらったみたいで。僕としてはまだSNS発信に力を入れてなかった頃の話ですけど、趣味にしていることを発信するところからの広がりもあるかなと思います。
―SNSでのこまめな情報発信まではしなくても、プロフィール欄には書いておくというやり方もありますね。サタケさんの場合だと、神戸市、3児の父、天然パーマ、この3点セットはだいたい記されてます。
サタケ:子育てや教育関係の仕事はずっとやっていきたいんです。自分が子育てを経験したことで絵の説得力が増したとも感じています。イラストレーターはみなさんそうだと思いますけど、自分の経験を仕事にプラスしながら道を拓いていくもの。子育てを終えた後、次に自分が何を始めて、描くものにどう反映されていくのか。自分としても楽しみです。
―神戸を拠点にしていることを公開しておく意味もありましたか。
サタケ:居住地をあえて明かさない人もいますけど、僕はそれこそ誰にもマネできないアドバンテージだと思っています。その町を拠点にしてるのなら、それを公開して自分の存在を知ってもらうことで、人に出会ったり、仕事につながったりするんじゃないかな。
―住んでる場所や拠点を公開することがアドバンテージだと気づいてない人も多いのかも。
サタケ:そうかもしれません。昔は地方でクリエイターをやってると言ってもあまり意味はなかったですし、僕も仕事が多いから神戸を選んだというわけではなくて、たまたま学生時代から長く過ごしてきた土地が神戸で、暮らしやすいからそのまま神戸にいます。ただ、地元で一度仕事につながると、繰り返して依頼いただくことも多くて、間違いなく自分の強みになります。それに自分が関わったポスターが地元で貼られてるのを見るのは単純にうれしいですよ。
―たしかに、それは地元仕事ならでは。
サタケ:おかげさまで、神戸の行政関係はいろんな部署からお仕事いただくようになりましたけど、企業や個人と個人がつながってという神戸の仕事はまだそこまで手がけているわけではないので、神戸との関わりはもっともっと増やしていきたいです。
神戸市が運営するポータルサイト「KOBE JOB PORT」のイラストを担当
子育てに関する行政サービスを紹介する「KOBE子育て応援団ママフレ」の広告イラストを担当
今、法人化した理由
―サタケさんは2021年、個人事業主から法人化を果たされました。
サタケ:節税面でやったほうがいいという提案を以前より税理士さんから受けていて、けど、なかなか腰が重かったのと、フリーでいる方が仕事も受けやすいかなと思っていたんです。だけど、僕も今年で40歳になって、身軽さでいえば20代の方にはかなわない。フリーだからといって仕事をもらえる年齢でもなくなってきたなと感じたので、法人化してみることにしました。
―個人で活動するイラストレーターが法人化することって結構ある事例ですか。
サタケ:40代を目安に法人にされる方は一定数いるようですけど、割合にすれば少ないかな。僕としては、このタイミングで60代、70代に向けて自分をリスタートさせるような気持ちで、法人化したところもあります。自分への決意表明みたいなこと。
―確かに、フリーで個人での活動を続けていると、時間の切れ目も節目もなく時間が過ぎていってしまいます。
サタケ:そう、変化がない。全然、何の予定も決まっていませんけど、チームでやることも好きなので、何かプロジェクトが生まれたときには僕の会社に参加してもらってという選択肢もあるのは心強いと思ってます。あと、自分がつくったものの権利を会社に持たせることで、もしも僕が描かなくなったとしても、会社としてコンテンツを管理することができるので、作品を残すという意味でも法人化の意義はあります。
―そうした法人化の経緯は詳しくサタケさんのnoteにもまとめられていますね。
サタケ:自分が法人化しようと思ったときに、なかなか自分とぴったり合うような、イラストレーターで法人化した人の実例を見つけることができなかったので、だったら、僕の経験も誰かの役に立つかなということで、かなり細かいところまで、心情も含めて書きました。法人化することで面倒くさい部分もあったよとか、いい面だけではなく。
―noteは課金制にする人も少なくないですが、すべて無料公開。
サタケ:課金も全然ありだと思いますけど、そこでお金を取りはじめると、自分が絵を描かなくなってしまいそうで(笑)。過去の経験からくる情報を切り崩して価値を与えてしまうと、自分の中のバランスが崩れてしまう。むしろ目先の小銭をとらないことで、得るところもあると思うんです。
―得るところ…たとえばどんなことでしょう。
サタケ:誰にも読んでもらえなかったら悲しいので、文章でも手を抜かずにきっちり書いているんですけど、そうすると、それを読んだ人から文章を書く仕事をいただいたこともあります。もともと文章を書く力なんて全然なかったんですけど、絵を描く時間を止めてでもかなり気を遣って書いているので、そこを見て、求めてくれる人がいるのはうれしいことです。無料で公開しておけば、社会とのつながりも増えるのかなと思います。
広報誌「KOBE」2021年3月号の特集記事イラストを担当
地元の集まりに参加してみるだけでも
―サタケさんは、「なりゆきサーカス」というイラストレーター6人でのユニット活動も、2009年から継続されてますね。
サタケ:なりゆきサーカスのメンバーは、キャリアや年齢も近いので、仕事の話をするにしてもお金の話とかまで共有できる関係が築けています。一緒に展覧会をしたり、勉強会をしたりというリアルで集まれる仲間なんですが、コロナで会うことが難しくなったこともあって、今ではオンラインラジオ「なりゆき会議」を毎週公開するようにしています。火曜日のお昼休みにごはんを食べながらメンバーとしゃべっていると、いろんな方が聞きにきてくれて。リアルとオンラインの垣根ってどんどん違いがなくなってますね。
―毎週ラジオをやってるというのもすごいですね。
サタケ:一時、クラブハウスも話題になりましたけど、声でつながる空間ができたことで、イラストレーター界隈でもさらに友達の輪が広がった実感があります。声しか使えないからこそ絵の話にもあまりならなくて、けど、意外とおしゃべり好きな人も多かったりして。絵描きならではの状況かもしれませんけど。
―イラストレーター同士のつながりは思った以上に強そうですね。
サタケ:そうだと思います。一方で、稼ぐ方法はいまやいろいろあるので、イラストレーター像も多様になりました。クライアントワークをやらずに、ファンコミュニティを築いてそれを生業にする人もいます。それまで絵もイラストも描いたことのなかった人が、NFTアートに興味を持って、絵なら描けるかもというので参入する例も出てきました。実際、子どもの絵がNFTで数百万円で売れたという話もありますね。
―一点物のデジタルデータ作品、NFTアートはこの1年ほどで急激に話題に。可能性が広がったと同時に、競争が激化したともいえます。
サタケ:そう、海外の人は国籍関係なく、国を越えてイラストを頼むことにも抵抗がないので、僕も海外案件は順調に増えていますけど、逆にいえば、世界中でイス取りゲームが始まってるということ。気を引き締めないといけません。
KIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)とコラボしたオリジナルグッズ
―そんな中で、サタケさんはどんな仕事を増やしていきたいと考えていますか。
サタケ:僕自身は、クライアントワークがやりたくてプロになったので、そこが主軸なのは変わりません。子どもの頃、自分が描いたものを人に見てもらったときの反応がうれしくて、僕にとっては絵が人とつながるためのものだったんです。だから、自分のために描くというよりは、誰かに使われて喜んでもらったところが僕の絵のゴールなので。
―最後に、後進のイラストレーターへ向けて仕事のアドバイスをいただけたら。
サタケ:神戸での仕事もいろいろとさせていただいてますけど、絵だけを見て頼まれることって実はあまりなくて、それより前に僕が直接どこかで出会ったり、知り合ったりした人との間で仕事につながっています。仕事の営業だと思わなくても、自分が興味のあるコミュニティに飛び込んで、いろんな人とつながることが大事だと思います。面白そうなワークショップをやってるから参加してみた、とかでいいので。
―地元の子供会行事に参加してみるとか。
サタケ:ほんと、それくらいでいいと思います。地元だと信頼関係ができると継続して何度も仕事をご一緒できることが多いので。幸いにもイラストというのはいろんなところで使っていただけるし、ちょっと絵が描ける人がいないかな、と探している方も少なくないですから。
―絵を描けるっていうのはとてもポジティブな才能ですよね。
サタケ:そうなんです。スクールとかに通って周りが絵描きだけになると、上手な人ばかりだ…って落ち込んでしまうけど、普通に生活している場所ではちょっと絵を描くだけでも、すごいなって価値を感じていただけることもある。それは忘れないようにしたいですね。
Kobe Creators Noteでは神戸市内で活躍するクリエイターの情報などを発信しています。