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新しい三宮駅前広場、どんな空間になりますか?―建築家・ALTEMY 津川恵理

大学院を修了して、日本の設計事務所で3年働いた後、文化庁新進芸術家海 外研修員としてニューヨークへ。世界的に知られる建築事務所「ディラー・ スコフィディオ+レンフロ」(DS+R)で経験を積んだ津川恵理さん。そんな津川さんが三宮駅北側にある「さんきたアモーレ広場」のデザインコンペで最優秀賞を受賞。2021年春のオープンに向けて、準備を進めています。


ニューヨークから応募した神戸のプラン

―ニューヨーク滞在中に、三宮駅前広場のデザインコンペに応募されたと聞きました。どんなキッカケがありましたか。

津川:文化庁のビザでニューヨークに行ってたのですが、その1年期限のビザが切れそうなタイミングで、これからどうするかを考えていた頃に、日本の知人からこのコンペの情報を教えてもらいました。ちょうど、DS+Rで1年働いてきたことの集大成として、自分の力を試してみるにはいい機会かもしれないということで、応募を決めました。なので、コンペを勝ちにいくというよりは、自分が純粋に思い描くものを一度アウトプットしてみたいという気持ちで。だから、受賞の連絡が届いたときは「嘘やろ」って(笑)。

―津川さんは灘区にご実家があったということで、通称「パイ山」とも呼ばれていた、以前の駅前広場の記憶もありましたか。

津川:海外にいて、実際にその場所をリサーチする時間が持てないなかで、今回、応募できたのは、よくよく知っている場所だったというのはあります。ただ、そこまで明確にもとの駅前広場を具体的に認識できていたかといわれると、そうでもなくて。むしろ、もともと私が公共空間に対してやっていきたいと思っていたコンセプトを明確に形にしたプランを提出した、という方が近いかな。

―それはどんなコンセプトでしょうか。

津川:簡単にいうと、一定のフォーマットだけを用意することで、100人いれば100通りの使い方がある状態をつくること。SNSなどもそうだと思いますけど、たとえば、Twitterというシンプルなフォーマットの上で、いろんな人それぞれの振る舞いが見られますよね。建築でも同じように、どんな形を用意すればそこで人はそれぞれパフォーマティブに振る舞うことができるのか。人の演劇性を引き出せるか。そこに興味がありました。 

具体的には、まず、さまざまな形のパターンを広場に合わせて考えてみまし た。いろんな高さのボックスが用意されていたり、不透明なフィルターがたくさんある状態をつくってみたりだとか。ただ、それではしっくりこないなと思っていたときに、オラファー・エリアソンの作品《The listening dimension》を見て、ふと自分のコンセプトに結びつきました。オラファ ー・エリアソンはちょうど今、東京都現代美術館でも個展を開いている (2020年6月9日~9月27日)現代美術のアーティストです。

―美術作家の作品がヒントになっているんですね。どんな作品なんでしょう。

津川:DS+Rもそうなんですけど、アーティストの作品から建築のインスピレーションを受けるということがよくあります。《The listening dimension》は、鏡を使った空間で、いくつもの円が宙に浮かんでいるように感じられるオラファー・エリアソンの作品なんですが、私が思い描いていた広場にも宙に浮かぶような状態で輪っかがあるとしたらよさそうだなって。

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デザインコンペで最優秀賞を受賞したプラン「Lean on Nature」。

―といっても、公共の広場で実際に輪を宙に浮かすことはできませんよね。

津川:私がDS+Rで学んだ、とても衝撃的だったことのひとつとして、最初のプランを考える際には構造的なことを考慮しないんです。というか、考慮してはダメだと。現実の重力とかを無視して、本質的に必要だと思うことから考えを進めて、その後で現実空間に成り立たせるために構造を考えるという順番なんですね。なので、今回もコンピューターの3Dモデルを使って、重力を考慮しない非現実空間でスタディを始めました。宙に浮いたり、傾いたりした状態のいろんな輪をあの広場に置いてみて、プランがまとまってきたら、それを実現するための構造となる支持体を考えたりという手順で、作品プランをつくっていきました。

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いろんな振る舞いを引き出すこと、そのための実験

―少し話は戻りますが、公共空間において100人いれば100通りの振る舞いをするような建築をつくりたいということですが、どうしてそう思われましたか。

津川:建築って、建ってしまった後は動かない。フレキシブルじゃないし、 使う人がカスタマイズすることもできない。たとえば、服だったらシャツのボタンを開けて自分なりに着こなすようなことが、建築のスケールになった途端に設計者だけにしか許されていませんよね。そこがちょっと現代的じゃない感じがするんです。しかも、人がパフォーマティブに振る舞うことができる場になれば、そこから新しいコミュニケーションが生まれることもあるはずで、そうすれば平凡な日常の一歩先をいけるんじゃないかなって。

大学院の修士設計では、人と人の間の距離を考えるプロクセミクスという近接学の理論と、イッセイミヤケの服の概念を融合して公園を設計しました。その頃から、動かない建築でいかに人を動かせるかということを模索し続けていて、今回のプランもその延長にありますね。

―公共空間だと人は動きを求められることを喜ばない可能性もありますよね。

津川:そうなんです。パフォーマティブな状態を強制することになってしまうと、「普通に座っていたいだけ」という人に対して不愉快な空間になってしまう。だから、ハレとケと両方含みうる状態をつくらないといけない。 実際、ニューヨークで実験をしたことがあるんですけど、最初、公共空間にいる人の行動を強制するような場をつくってしまい、警察に通報される一歩手前までいってしまって、すぐに撤去したということがありました。ニューヨークは公共の場での実験みたいなことが当たり前に行われている街なので、実験自体は日本よりよほどやりやすいんですけど、私の考えたプランがまずくて。

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―ニューヨークの公共空間での実験、失敗してからまた別の実験を試みましたか。

津川:はい、もちろん。公共空間で強制力が感じられると不快感を与えてしまうので、設計者の意図をなるべく省いて、他律的な動きをするものを置いてみたらどうだろうと考え直した結果、通路に風船を置いてみる実験にしました。風の影響で予測不可能な動きをする風船ですが、ただ、大きすぎれば邪魔、小さすぎると鑑賞物になるので、その大きさを何度もスタディして、また、見た目に風船だと認識されないよう、表面を鏡張りにして風景が映りこむようにしました。

 この実験は街の人たちのリアクションがとてもよくて、いろんな人が興味を示してくれました。もっとこうすればいいって批評をくれる人とかも現れましたね。

―風船を使ったその実験、神戸でも行われていませんでしたか。

津川:そうなんですよ。今回の駅前広場のデザインコンペをきっかけに知ってくださった三宮本通商店街振興組合の方々が、「うちの商店街で実験をぜひやりましょう!」とわざわざ東京まで来てくださったんです。感性に共感していただけたことがうれしく、即決でやらせていただくことにしました。

 神戸での実験には企業のスポンサーもとれたので、ニューヨークでやったときよりも進化させて、商店街で3日間の実験を行いました。この実験中の様子は映像データでも記録して、AIによる行動分析をかけたりしています。普段の商店街の歩行記録とどう違っているか、今回の実験でどれだけ多様な動きが引き出せているか。実験から得られたデータで、そういったことを定量的に言うことが可能になってきています。

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ミリ単位で徹底してこだわること

―駅前広場の再整備は、そろそろ施工へという段階でしょうか。

津川:最新のパースが8月に公開されましたけど、コンペ案からはかなり調整していろいろと変わっています。神戸市の方から指摘されたメイン動線に合わせて傾きを変えたりしていますけど、すべて連結しているので、ひとつ動かすと全部がズレていく。そもそも建築をたてる場合、地面をフラットに造成しますが、今回の場所は、雨水を路端に逃すように起伏があったりして、その上でミリ単位の建築をつくろうとしてるのでとても大変なんです。

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2020年8月に公開された駅前広場のパース。

―抽象的ないくつもの円盤型が広場に埋まってる感じ、と言葉にすれば簡単そうにも思えますけど、実はかなり大変な建築なんですね。

津川:そう、めっちゃ簡単だと思われてそう(笑)。ミニマルでシンプルな形ですけど、どの高さで座面がどれくらいの勾配になるかといったことを、 プログラミングしてすごい数のモデルに落とし込んでいて、しかも、それがシームレスにつながる形状なので、とてもストイックな作業になってます。 断面図だけでも100枚以上あって、それが少しずつ全部違っているという…。 これはもう、作家としてのこだわりですね。あとは、ここまでミリ単位の施工がうまくやれるかどうか。施工会社泣かせな建築です。

―使いやすさと同時に、見た目の美しさも計算した上での細かさでしょうか。

津川:建築をつくる以上は、形としての美しさにはこだわっていますけど、彫刻的な美しさだけでは使う人との距離が生まれてしまう。人に対してどう関与できるかという状況をつくるために、すべての形には意味があって、求められたら自分では說明することができるというのが大事。私は、建築がもっと人に近づけばいいと思っています。

―公共建築への津川さんのそうした考えには、ニューヨークのDS+Rで学んだことはどう影響していますか。

津川:それについては強く感じたことがあります。DS+Rといえば、ニュー ヨークのマンハッタンにある廃線になった高架鉄道を都市公園化した「ハイライン」を設計したことでよく知られていますけど、その長さ2.3kmのハイラインに約1000人のパフォーマーを配置して、1週間、都市演劇を披露するというプロジェクト「The Mile-long Opera」が、ちょうど私が在籍していた時に開催されて、私も関わらせてもらいました。 これが10年がかりの企画で、億単位の寄付金を集めて、無料で提供されているプログラムなんです。どういうロジックでものすごい労力をかけて、 DS+Rはこのプロジェクトをやろうとしているのか。収益を得るためと思えば理解できますけど、そうじゃない。その価値観とロジックにとても興味が湧いたし、考えさせられました。

 結論としていえば、リズ(DS+R共同設立者のひとり、エリザベス・ディラー)は、最初からこの演劇空間を思い描きながら、ハイラインを設計していたんだなって。公共空間と人のパフォーマティブな動きというのを、どんな戦術でどういうロジックをもって、よりクールにデザイン性高く市民に届けることができるか。そのことを私の細胞レベルで吸収できたのは、ほんとに糧になりました。

―DS+Rの一大プロジェクトに内側から関われたことはほんとに大きな経験ですね。

津川:まったくそのとおりです。パフォーマンスは夜に行われたので、ハイライン上のパフォーマーに小道具として照明を装着するんですけど、その照明の小道具ひとつとっても、使えそうなプラカップをすべて集めて、どうカットすれば照明がよく見えるかをミリ単位で検証して、光を干渉する綿の密度の度合にいたるまで、徹底的にこだわりぬくんです。しかも、それを誰もが作れるレベルに落とし込んで、共有できる指示書がつくられました。

 私は、勝手にDS+Rイズムと呼んでましたけど、何キロというハイライン上で行うパフォーマンスであっても、ささやかな小道具までミリ単位でこだわりぬくことで全体の空間の質が確実に変わってくるんです。そのこだわりもとても衝撃でした。

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「The Mile-Long Opera」で津川さんは、ハイライン沿いの建物でのウィンドウパフォーマンスのディレクションを担当。実際に窓をつくってシュミレーションを繰り返した。左は実験中の津川さん。


ー神戸の駅前広場のお話を伺っていると、そのDS+Rイズムは津川さんにしっかり受け継がれてると感じました。

津川:だといいんですけどね(笑)。私はまだ独立して1年程度なので、まだ日本で見られる作品がありません。ニューヨークへ行く前に、新潟の「越後妻有トリエンナーレ」で作品をつくったことがありますけど、それはもう取り壊してしまったので、神戸の駅前広場が最初の作品になりそうです。

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